一週間、昨日のために天気情報を追い続けた人間がいる。
12回に及ぶピンポイント天気情報の更新では、天気というものがこれほどぎりぎりまで分からないものだということを教えてくれた。彼の天気情報の更新を毎日、固唾を飲んで待っている3人の男がいた。一週間前の週間天気予報では、金曜日の天気は降水確率60%の曇り予報。長い梅雨前線が日本の南部に居座り、当分そこを退きそうになかった。
金曜日に二日前になり降水確率は20%まで下がった。依然として前線は同じような位置で小さく動いているにすぎない。しかし、前日の木曜日、この日は午後から各地で久々の青空が広がり、ここ横浜でも、午後から夏らしい暑さと日差しで額に汗を滲ませる人も多かったことだろう。ライブカメラでも富士山の様子をチェックしたところ、夕暮れ時には夕焼けの背景に端正なその姿がシルエットとなって映えていた。「明日が今日(木曜)みたいだったら最高なんだが・・・」と、一抹の不安を抱いたのを覚えている。
なぜならば、統計によると富士山が見える確率は7月が一番低い。その次が6月。全景が見える確率はは10~15%、すなわち月に5日未満。二日連続して山がその全景を現すことはめったにないことだろうと予想できた。
金曜日当日、朝から天気がよく、雨が降らないことは確信できたが、はたして富士山は雲に隠れていないかということだけが心配の種だった。どれだけ晴れていても、富士山周辺に限ってはもくもくと雲が発達していることは往々にしてある。富士を登る風は上昇気流であり、湿った空気が雲を作り出す。
6/12に何があるかは明言しない。各人の推測にお任せするが、茶月の男衆にとっては重要な日であった。天気というコントロールできない事象、それをあたかも操作しているかのような“強運の持ち主たち”であることを証明しなければならなかったからである。
この日のために二回の作戦会議を経て、それぞれが様々な思いを馳せながら迎えた6・12だっただろう。16時に日吉で三人が合流し、一路DCUへ。景気付けに爆音の布施明とともに、個人的にゆかりのあるヨネッティ方面へオデッセーを走らす。
蛯名SAで恒例のセレブガチャ(一回1000円)をし、「あたりの時は音楽が流れる」ということを知った。ギフトセットひとつとブレスレット2つを収穫。
蛯名直後の厚木JCTで小田原方面へ入らなければならなかった。しかし、それをうまい具合に見逃し、ひきつづき東名を走る羽目になった。まさかの予定変更だ。あれほど入念なコース計画を立てていたにもかかわらず・・・ あっ気なく過ぎ去った。
冷静になれ。
時間的に軌道修正は可か否か・・・R246は渋滞気味で進みが遅い。R255で小田原に着くころには日が暮れてしまう、と判断し。別のスポットへ、先月のドライブで来た所だ。新鮮味は少々欠けるが、富士山はちゃんと全景を見せている。
日が沈み、町に明かりが灯りはじめる様子をしばらく眺めて、御殿場へ向かった。
御殿場市の魚啓という海鮮料理屋。味噌汁がどんぶりに入ってでてきた。海鮮丼は半分食べて満腹になった。マッチョな自衛隊がよく来るのも分かる・・・
そのまま富士山へ。標高2500mの五合目までの道はくねくねしている。最近では三度目だが、初めて町の夜景が見えた。それ以上に星もきれいで、さらにそれ以上に風が強く、テンションが上がった。花火とかやってる場合じゃない。まず、火がつかん!一応、ここから星と夜景が見えることなんてめっちゃめずらしいからね、的なことを言っておいた。そんな事気に留めてなくても、なんか風と寒さで盛り上がったので結果オーライとする。下りのくねくね道では「来てよかったー!」と内心叫んだ。そして昇天寸前だった。
お帰りの時間が近づいてきたので、そのまま高速で横浜へ戻り、楽しい一日は終わった。
ついに6・12が終わった。
茶月内が大フィーバーした1ヶ月、ぼくらは半端なく楽しかった。
みんなはどんな思いで家に帰ったのだろう。ちょっとでも楽しかった、と思ってくれたなら、それ以上のことはありません。
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