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2009年3月

ピアス

おととしの秋、就職活動を始めるために左耳たぶにつけていたピアスを二つともはずした。

その頃から一年半が過ぎたおととい、完全に閉じたと思っていた穴にピアスが通った。

自分では完全に閉じたと思っていたため、自分ではつけてみようなどとは思わなかったが、“もしかしたらつくかも・・・”と不意に思い、人(彼女)に刺してもらった。

すると貫通した。

 

最近、やっとバイトに入る頻度が高まってきて、「おれ、稼いでるな!」って感じだ。四月頭のクレジットの請求はおそらくタッチの差(?)で口座残高が足りず、また親に借金することになると思う。

今日は一日中バイトをしていたが、宅配は寒かった。

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ドライブ+MTB5

今日一日、二日酔いに苦しめられた。

昨日は友達の誕生日会をbabanov家でやった。酔いはちょっと時間をおいてやってくる。僕は水を飲みに行った洗面所でそのまま寝てしまっていた。冷たい床が気持ちよかったんだろう。。

途中でコタツに移動するも、朝起きたら気持ち悪い気持ち悪い!!

 

そのまま、予定されていたドライブへ行った。が、吐きそう・・・

でも、車内で寝たりして我慢し、箱根に到着した。さくらを見たかったのだが、小田原城址公園の桜はあと一週間くらい待った方がよさそうな感じ。箱根の山ではちょいちょい咲いていたけど、ほんとちょいちょい。

芦ノ湖スカイラインなど、ドライブを楽しんだ。

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天気はまあまあだったが、やはり富士山は全容を露わにしない。何回箱根に行けば富士山を見えるんだか・・・

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MTBを久しぶりにのった。最近、別の遊びに忙しくて乗れてない。前回の動画からそれほど進歩してないかも知れないけど、一応ビデオ撮影もした。

MTB5

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卒業

卒業した。

結局昨日まで卒業者一覧に自分名前があるかどうかは確認しなかったが、学位記授与式の席にはちゃんと自分の席があったからよかった。

四年前同じように日吉記念館で全学生が詰め込まれ、同じように安西さんのお話を聞いた。その時の光景を思い出すと、入学にあたっていろんな思いを抱いていた新鮮さ、それと同時に懐かしさが込み上げてきた。ノスタルジー。。スーツを着て外に出たのもその時が初めてだったが、今ではちょっと慣れたし、幾分かは着こなせているのかも知れない。

振り返るとあっという間の4年間だったけど、たしかに僕は色んなことをしてきた。とくに山とスキーには没頭していた。勉強のことなど二の次、「よりハイレベルな山」のとこしか頭になかった当時の僕は“青春”をしていた。冬の知床半島に打ちのめされ、山にビビり、山に対する野心が持てなくなった僕は登山をほぼやめた。しかし、3年からもワシントン大学への研修へ行かせてもらったり、パイロットを夢見た時期もあり、自転車で北海道を縦断したり、東南アジアのバックパックも楽しかったし、卒業研究も結構苦労して今ではいい思い出になってるし・・・、と楽しいかつまぁまぁ充実した4年間を過ごせたのではないかと自負している。

しかし、それでも4月から社会人、となると恐らく心残りがあっただろう。さいわい、僕はあと2年間学生ができる。社会に出るまでの2年の猶予ですべきことの全てをやりつくそう、そう感じた。それが何であるかは、自分ではよく分っている。新学期を迎えた時にでも目標立てをしなければならない。

授与式のあと、機械科でよくつるんでいたダチと飯を食いに行った。一人はこの日、豊田へそのまま引っ越すため大きなスーツケースを携えていた。またGWに会おう。

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UW旅行

UW(ワシントン大学研修)の4年のみで行ってきた、中四国旅行についての日記です。

今回の旅行のコースは、高松空港からうどんの店を回りながら、高松市内観光→琴平宮(こんぴらさん) →面河→四国カルスト→道後温泉→しまなみ海道→尾道 というもの。

朝いちの一番安い飛行機を一か月前に予約し、1万2千円で高松まで飛ぶことができた。高松よりレンタカーで市内へ向かい、まずはうどんの店へ。高松市内に立ち並ぶうどんの店は一杯200~300円程度と安い。これに各自トッピングを加えて食べる。非常に腰があってうまい!

高松はほかにこれといって行くところがなかったので、栗林公園にでも行くか、ということで日本一に広さをもつといわれる庭園へ行くことになった。

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すでに桜が咲いていた。観光客から与えられたためだろう、池の鯉はどれも丸々と太っている。栗林といっても栗の木は見つけることができなかったが、松の木はどれも堂々としていた。

写真スポットで1枚、集合写真。

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そのあと、瀬戸内際の五色台というドライブウェーを経由して、一行は本日の宿泊地、こんぴらさんの愛称でおなじみの琴平宮へ車を走らせた。

ホテルんにチェックインしたのち、本宮までの800段近い階段に挑んだ。昔の坊さんがここで修業をしすぎて天狗になったという。なぜ、天狗なのかだろうか・・・

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二日目。

夜は3時くらいまで起きていたので、朝から車内で爆睡。松山方面の高速へ乗る前から寝はじめ、途中のインターでもみんなが気を使ってくれて寝っぱなし、起きたら四国山中のとある滝に到着していた。

唐岬の滝。駐車場から工事現場を通過し、山道を500m歩く。人っ子ひとりいない、廃れている… 険しい山道。「これでしょぼい滝やったらうけるなw」

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まあまあでかい立派な滝でしたとさ。

面河渓谷の清流は足がちぎれるほど冷たく、ところによってはその流れは怒り狂ったかのように激しかった。どこまでも透明かと思われる水流も、奥深くまで続くゴルジュの中では暗く色づき、川底まで光が届かない様子が 見てとれる。その中で白いあぶくが激しくカルマン渦を形成していた。

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▲蓬莱渓のおだやかな流れ。夏は飛び込みたくなりそう・・・

寝てばかりではいけない。面河から四国カルストへ向かう山道は運転をかわった。

カルストの近くにある牧場で有名なチーズケーキを食べた。とろけるくらい柔らかであった。

夜は道後温泉。会席料理に舌鼓を打った。

三日目。

朝からもやがかかっている。昨晩も遅かったので、また朝から爆睡。朝運転してくれた人、ありがとう。目が覚めるとしまなみ海道の入り口に来ていた。

しまなみ海道の写真は撮らなかったが、天気が良ければかなり景色がいいはず。そして今日聞いた情報によると、今日から週末は通行料が1000円まで値引きされるらしい。ちなみに、通常料金は4000くらい、かな?

尾道は浄土寺(←本物かは定かではない。)と千光寺へいき、尾道の入り組んだ町並みを眺めた。海と陸と町が共存している感じ、でさりげに360°見渡すとどこでも街が見える。

メンバーのうち二人を尾道でおろし、他の4人で広島へ移動。お好み焼き八昌で広島焼をたべ、広島の夕方の渋滞にかなり難義しつつも、なんとか僕以外の3人は新幹線に間に合った。

レンタカーには長い山道の走行によるものと思われる、傷がボディについてしまっていたが、二日目、道後温泉に着いた時にそれを発見したので、修復の時間はあった。ホテルの歯磨きセットでそのまま歯を磨くように傷を研磨してゆき、くすんだ周辺に比べきれいになりすぎた修復部分を目立たないようにして返却!今のところ連絡なきゆえ、難を逃れたと思われる。

僕はもう一泊広島で泊まり、翌朝(今日)宮島と原爆平和祈念館を観光した。

とまった宿はビジネス旅館という5畳一間の部屋で\3500、さりげに快適だった。ただ、窓からの光はほぼ皆無で、朝になっていたとしても光が差し込まない。これと携帯が布団に埋もれてアラームが聞こえなかったことで今朝は寝坊した。

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予定の二時間遅れ、9時に路面電車で宮島口へ向かう。

さくさくっと写真を撮りながら、厳島神社を観光。さくさくっと。

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シンボルの大鳥居。行ったときは干潮で、鳥居まであと30mのところまで接近できた。

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社の下まで水が来る満潮の時のほうがきれいかも知れない。

昼過ぎに滅多に会えない知り合いと会う約束をしていたので、広島に戻る。

次は原爆ドーム。やっぱり見るだけ見ておこう。一回来たことあるらしいけど全く覚えてないし。

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2時に知り合いと落ち合い、その婚約者の彼と三人で飯食ってしゃべった。お付き合いいただき、どうもですpaper新居が松山ということで、また声掛けますね~↑↑

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タイ

3/8

カンボジアからタイ・バンコクへ戻り、その日はフアランポーン駅近くの安宿で泊まることにした。そこは、カオサンほど多くは密集していないが、同程度の安宿がまあまああり、交通の便もよい。穴場みたいなところ。

駅周辺にはインフォメーションを名乗るタイ人がうろついていて、郊外へ行く観光客に「電車は混んでるからバスで行った方がよい。」と2時間半所要の1200円のバスをすすめてきた。僕らは初めから3時間半かかる約200円の電車で次の日、パタヤまで移動することを考えていたし、明らかに高すぎるバスの料金に不信感いだいたのでその場では購入しなかった。実際、電車はフアランポーン駅が終点なのでめっちゃ空いていたし(もちろん座った)、帰りに使ったバスもいくらだっかか忘れたけど、電車よりちょっと高いくらいで1200円などという法外な金額はしなかった。

色んな手を使ってくるな・・・

3/9

朝いちの電車でビーチリゾート・パタヤへ!!

予約していたホテルはこの旅一番の贅沢で、一泊5000円のコテージにした。あらかじめ日本で予約していた。ベランダからはビーチの向こうに海が見える。ビーチまでも徒歩30秒。部屋の設備も5000円なりの充実度で、なにより町の喧騒とは縁のない静かでのんびりした所でした。

コテージが立ち並んで、一つの村みたいになっている。“sun set village”、村の中にはプール、ゴルフできるとこ、レストラン、いろいろある。サウナにも入った。

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ビーチで寝ていると、体の表側だけが焼けた。今、ぽろぽろ落ちてくる皮の処理に困っている。。

夕日に向かって絶好調ポーズ。

それにしても、そこへ泊まっていた欧米風旅行者はなぜ例外なく皆、あれほどにまで太っていたのだろうか・・・部屋から眺める景色の中に邪魔なものが写りこんでいたのは不快だった。

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パタヤにはもう二泊くらいしたかったが、その気持ちを抑えて翌日にはバンコクへ戻った。

ナイトマーケットのやっているルンピニではでかい屋台村もある。そこで「最近毎日ビール飲んでんなぁ」と言いながら、その日もビール。日本の夏を思わせる気温、湿気はそうでもないが、屋台の雰囲気と料理がビールを飲まずにはいられなくする。Tiger、シンハー、チャン、いくつか種類があるがチャン・ビアーをよく飲んだ。

3/11

観光はこの日が最後。

大体のことはしてきたので、最後にどう過ごすかを考えた。

まず、①市場でお土産 そして②サヤームスクエア(日本の渋谷的な感じ。伊勢丹もある)をぶらつく ③僕の希望で足つぼ+耳かき

これでええ感じの時間になるやろう、待ち合わせに。

 

カオサンのスタバで看護学生を待つ。初日に約束したとき、「19時までに来なかったら、死んだと思っといて~」と言っていたが、ちゃんと生きていた。

タイすきを食べに、昼間いったサヤームへ戻った。運よく、ムエタイが見れた。

タイすきの店で日本人パワーさく裂、盛り上がりすぎた後は、バイヨークというバンコク一の高さを誇るタワーの最上階バーへ。日本のバーは高いからタイにいるうちに楽しんどこ!!

日本への帰国を翌日に控え、僕らは最後の力をふりしぼってバンコクの夜を楽しみ、バンコクの夜景を目に焼き付けた。

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では、また卒業式(^o^)/~

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カンボジア

3/6

アンコール遺跡群を初めて見たのは、この日の朝。シェムリアップで泊まった宿は日本人バックパッカーを対象にしているみたいで、日本語を話せるカンボジア人や日本人がいて助かることが多い。さらに、ツアー企画もしている、洗濯を無料でしてくれる、水は飲み放題、ネットは当然として、一日ツインで18USドルと格安。

宿から僕ら二人の専属のトゥクトゥクドライバーを出してくれ、二日間のツアーは彼が遺跡まで送ってくれることになった。名前は「ジャンボ」、着ていたTシャツにちょこもなかジャンボのプリントがあったため。体もでかい。

朝日ツアーはアンコールワット。早朝五時半ごろ宿を出て40分、尖塔が見え、空もうっすら赤みづいていた。風はなく、西参道の途中にある池には逆さアンコールがきれいに映り、神秘的な時間が大勢の観光客の間を流れた。

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▲(中段左)相方22歳の誕生日を祝って。

 (中断中)食堂(?)とジャンボ

いったん宿へ戻り朝食をとったあと、一日ツアーへ出かけた。非常の外は暑い。タイ、ベトナムよりも暑い。そして遮るものはなく、ほこりっぽい。朝食をとるテーブルの上も砂がのっている。

そんな環境の中で、売り子の子供たちはがんばる。僕が日本に帰ってきた今もがんばっているんだろう。観光客は半ば条件反射的に客引きを断るくせが付いていて、ぼくも売り子の子供たちから買ったものは水くらい。それも2本1ドルを3本1ドルにしてもらって。今思えば、売り子が売っているのはせいぜい100円程度しかしないのだから、買ってあげればよかったかな、と。

クメール人の子供はかわいい。来ている服や周りの環境がそう見えさせるのかもしれないが、どの子もピアスが似合ってしまう。昼飯の時に買ったコカコーラの飲みかけを姉妹にあげたら、ストロー2本刺して二人で飲んでくれた。仲よさげに売ることを忘れて・・・

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▲ほぼ完全に修復されたアンコールワットに対し、発見された当時を彷彿させるような樹木による崩壊が進んだ遺跡も多くある。こちらはその中間的遺跡、タ・プローム。

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▲アンコールワットの北にはそれの何倍もの面積のアンコールトムがある。その真ん中のバイヨンには先頭の4面にすべて顔が描かれている。顎をしゃくれさしてツーショット。

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▲1日ツアーの後半に訪れたアンコールワット。このとき、6時間ほど炎天下の遺跡めぐりを既にしていたので、暑さで壁画の物語など鑑賞する余裕はあまり無い。水を飲んでも頭がホワンホワンする感じ。

写真は第二回廊から立ち入り禁止の第三回廊を見たもの。さらにその内部の中央祀堂は現在修復中らしく、足場が組まれている。それにしても石だけでよくこんなもの作ったものだ・・・

一日ツアーの最後にプノンバケンからの夕日を鑑賞。20分の山登りは日も傾き始めていたんでそれほど苦ではなかった。三脚を駆使して、二人のシルエット写真を撮ることに没頭。5回目くらいでやっと許せるのが撮れた。

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二日目は半日のツアーで宿から片道1.5時間もかかる場所にあるベンメリアという遺跡へいった。ここは自然による浸食にいっさい手を加えず、現在も崩壊が続いているという遺跡。ラピュタのモデルでもある。そこを遊び場のようにあちこちで子供が走りまわっている。彼らは道を案内してくれたり、写真を撮ってくれたりと頼んでもないのにしてくれる。楽しく3人の男の子らとこの遺跡を楽しんだ後には、ちゃんと2ドル請求された。「そんなの聞いていない」とか通用しないことは分かっていたし、その展開も予想していたので、三人で1ドルと日本円で60円の現地通貨を渡した。安いもんよ、案内ありがとな~。

半日ツアーの後は地雷博物館、夜はナイトマーケットと、カンボジア最後の一日を満喫できた。写真右下はジャンボと3ケツでナイトマーケットへ。(遺跡巡りはこれじゃないですよ)。現地では3ケツ4ケツ当たり前、5ケツだってちょいちょい見かける。日本人は3ケツまでにしといた方がよいと思った。

翌日、3泊お世話になったRelax&Resort GH を去り、再びバンコクへ舞い戻った。ツアーコンダクターのカニャさん、僕らが遺跡見てる時ずっとトゥクトゥクで待っててくれたジャンボ、Thank you so much!!

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首都プノンペンではポルポト時代の大虐殺の現場であるツールスレン博物館へ行き、そのむごたらしい過去を目の当たりにして、若干テンションダウン↓↓しかも、博物館入り口周辺には当時、生き残ったかと思われるような、顔にその原形がなくなった人や両手が無い人たちが物乞いをしている。非常にショッキングだった。

町全体の治安の悪さもここが一番だろう。

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東南アジア・ベトナム

ベトナムに到着して初めて思ったことは、「バイクが半端なく多い。」

それは想像をはるかに超えるほどの量で衝撃的でさえあった。通勤ラッシュのときの梅田から大阪駅へむかう高架をゆく人だかりのようにバイクが通りを埋め尽くしている。まさに蜘蛛の子を散らしたように。

そんなバイクの大群が信号を平気で無視してくるから、通りを横断するにも接触しそうになる。事故りかける。いや、ベトナム人は日本でいう事故を事故と見なさないのだろう。ただの“物と物との接触”ととらえているよう。

安くてうまいベトナム料理に初日にありつき、夜のホーチミン市内を歩いていると、ふらふらとオカマちゃんを乗せたバイクが僕ら二人に近づいてくる。「(後ろに乗せた“男”を指して)買わない?」と。

オカマちゃんは実に気持ちが悪い。色白で顔立ちが不自然に整っている。背も何となくでかい。スタイルがよく、小柄できれいに焼けた色黒のベトナム人の女性の方が何万倍もいい。

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翌日はメコンデルタへの一日ツアーに参加した。

広大なメコン川をボートで渡り、デルタ内のココナッツキャラメル製造工場、養蜂場、ジャングルクルーズなど。

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そのあとの自由時間でデルタ内の町をめぐった。街といっても上の写真の右下のような感じ。

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一日ツアーから戻った夜は、高級ホテルのバーで過ごす。

そのあと、一泊700円の安宿街へもどる。

金の使い方にメリハリは大事だ。と思う。

ベトナム三日目、3/5

市場で値切りながらベトナム土産を買ったり、ベトナム戦争博物館、はがきを出しに中央郵便局、ベトナム航空のおっちゃんにエステに連れてってもらったり。

と市内観光を楽しむ。この日に出した葉書はまだ日本についていない(笑)

夜、カンボジア・シェムリアップ到着。ここはアンコールワットの拠点。

はじめはちょっとした道を横断するのにさえ、バイクの多さから躊躇していたが、ベトナムを離れるころには大通りでもバイクの途切れ目を狙って交わしながら渡ることが普通になっていた。屋台での定番、バインミー(ドトールのミラノサンド的な)70円、ぱくちーの香り豊かなフォー200円、他にも生春巻きなどベトナム料理には外れが無いほどすべておいしい。味も濃くなく、またヘルシー。ベトナム人女性の美しさの秘密はこの食文化に隠されているのだと分かった。

ベトナム、また訪れたい。

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東南アジア・タイ

11日間の東南アジアでは二人合わせて900枚近い写真を撮影した。

本ブログではきれいに撮れたと思しき写真は積極的に載せるようにしているが、それをしていては、膨大な量の写真を載せることになってしまうため縮小した写真を連結させて載せることにする。

また、一日の行程が盛りだくさん過ぎて、文章で振り返りながら書いていくのも気が重たいため、ちょっとずぼらな感じで国ごとに書いていきたいと思います。

さらっと。

では一日目、3/2

香港を経由し、家を出てから14時間後にタイ、スワンナプーム国際空港へ到着した。空港のゲートを出た瞬間、体を飲み込むような熱気に包まれた。日本には四季があり、冬の後には春があり、突如として夏のような猛暑を体験することはほとんどない。しかし、三月になり暦では春といってもまだまだ寒い日本をたち、いきなりここ熱帯モンスーン地帯に降り立つということは体に異常を来すのではないかとさえ思えた。

蚊も飛んでいる。

空港からタイ市内、安宿街が立ち並ぶバックパッカーの聖地であるカオサンロードまでのバスには同じKO生しかも4年の看護学生の二人も乗り合わせていた。ここ外国、特に欧米などとは異なり物騒なイメージのある地域における日本人客にはついつい喋ってみたくなる。

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結局、初日の夜は彼女らとともにディナー。ここで、タイの物価の安さを知る。宿からタクシーで日本では2000円くらいしそうな距離にあるレストランまで走っても一人あたり150円程度、ビールをいつもどおり二杯くらい飲んで、飯も満腹食って閉店間際までいてひとり1500円くらい。これはありがたいわ・・・

しかし、タクシーをカオサンで拾うには少々面倒。旅行客が集まるカオサン周辺ではメータを回してくれずに、高い値段を言いつけてくる。その交渉はタイ三度目である相方に任せ、僕は後ろの方でお勉強、「なるほど、そういう感じで交渉するのか」。

タイ一日目の夜は楽しく、その日から始まろうとしていた旅が楽しみに感じたのを覚えている。二人はこれまた偶然帰りの日と航空会社も同じだったので(時間は違った)、この旅の最終日にもう一度会うことを約束して、翌日からはそれぞれ計画していた行動をとった。

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▲夜のカオサンロード

3/3 二日目にはベトナム南部、ホーチミンへ飛ぶことになっていた。夕方の便までタイ市内を観光する。

殺伐とした夜のカオサンに比べ、朝のカオサンはおとなしい。荷物前部を詰めたバックパックを担いでバンコクの町に繰り出した。この時期、東南アジアは乾季、朝から天気が非常によく、日向では午前中からうだるような暑さ・・・

寺院を見物しようとしたが、半そで短パンサンダルのいでたちをしていた僕は入ることがゆるされず、またバンコクに戻ってきたときに見よう、ということで街をうろうろしていた。タイのエリート校・タマサート大学などで休憩をはさみながら、暑い暑いといいながら重たい荷物をしょって「次どこいこか?」などと話していると、ブティストティーチャと名乗る男が道案内をしてくれた。

これから行こうとしている寺院は四時からだからそれまで、ここを回ってくるといいよ。ということで三つほど見どころを場所を紹介してもらい、トゥクトゥクという交通手段を60円で乗れるように交渉してやる、と言われたちょうどいいタイミングで、トゥクトゥクがやってきた。

実はブティストティーチャとトゥクトゥクのドライバーはグルで、その後ドライバーは「60円を30円でにするから、ある三つのポイントを先に回らせてくれ。」と持ちかけてきた。日本人からしてみれば60円でも30円でもあまり大差ないように思ったのだが、何気に仲良くなってしまったのでOKしてしまい、ガソリンクーポンがもらえる三つのポイントへ無駄に連れて行かれた。

そして、三つすべてを回り終え、ドライバーはちゃっかりガソリンクーポンをゲットし、次の観光スポットで僕らを下ろしたとたん、どこかへ去って行った。まだ約束の観光スポットはすべて回り終えてないにもかかわらず・・・

ドライバーたちの陰謀としては観光客から普通の乗車賃をもらうよりは、観光客を利用して現地では高いガソリンのクーポンを入手することで、結果的に多くの“得”をしようというものだった。現にこちらは支払った金額はゼロである。行こうとしていた寺院が四時から、なんていうのも真っ赤な嘘だった。

手の込んだ企てに「よくこんなこと考えたなぁ・・・」と感心した。

 

あの手この手で外国人観光客を利用して金もうけをしようとする現地の人々の強かさをひしひしと感じつつ、夕方バンコクからホーチミンへ飛んだ。

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▲いわゆる絶好調ポーズ、このあとちょくちょく出てくる。

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東南アジアより戻る

こんばんは、今日東南アジアのバックパックから12日ぶりに戻ることができました。

昼間の気温が40℃ちかくまで上昇するベトナム、タイ、カンボジアから夜になると気温が一桁になる東京に戻ってきて、体がおかしくなりそうな気配がぷんぷんします。

東南アジアという場所へは今回が初めてでしたが、市場での値切り交渉やうっとおしくなるくらいの客引きへの対処、ほとんど無秩序な交通、安宿街の風紀の悪さ(?)など、普通に日本で暮らしていると慣れないそういった面のため、一日目は少々戸惑っていました。しかし、現地でのそういう生活も二日目からは楽しむことができ、いったんそうなってしまえば、あとは円にものを言わせて贅沢をしたり、日本にはないいい意味で適当な感じの町に溶け込む楽しさがありました。

年を重ねてしまうと、旅行するには少々しんどい場所かもしれないので、金はなくても体力はある学生にはいい旅行先だと感じました。

今回訪れた三か国では、①町が殺伐としている ②町全体がほこりっぽい ③客引きが多い ④町が臭い ⑤暑い ⑥車、バイクのスピードが半端ない

の共通点がありました。(タイのバンコク、ベトナムのホーチミン、カンボジアのシェムリアップ、プノンペン ) それぞれ程度が異なるだけで、基本的にどの要素もある!

 

おもしろい所だと、思いました。

おいおい紀行ブログをつけていきます。

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